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落花と流水

 

  • 情とお茶は濃いごいと

     戸外におけるお茶の準備はすっかりキャスティの得意分野になった。 日暮れ前にリーフランドの森を探索して見つけた薪を野営地の中央にある砂地の上に置き、燃料となる枯れ草を追加する。それから彼女は後ろに控えていた白い帽子の商人に声をかけた。「パル…

  • 灯火のもとは暗し

     ゆらりゆらりと体が揺れている感覚がある。 まぶたを開ければ、キャスティはヒールリークスの薬師の家でベッドの上に寝転んでいた。「……マレーヤ?」 おまけに懐かしい人物がベッドの横にいて、無表情でこちらを覗き込んでいる。(いいえ……これは夢ね…

  • 心の地平を照らすもの 2

     小舟がしずしずと水を切って岸に近づいてくる。テメノスはつかの間疲労と寒さを忘れ、闇の中に浮かび上がった仲間の姿を呆然と見つめた。 舳先に足をかけたキャスティが安堵の笑みを浮かべる。彼女の掲げたランタンがまばゆくあたりを照らした。つまり、彼…

  • 心の地平を照らすもの 1

    「聖火神エルフリックの御名により、神官テメノス・ミストラルを異端審問官に任命する。今後、心してその務めに励むように」 教皇は重々しい声を大聖堂に響かせ、断罪の杖を掲げた。先端に聖火のシンボルをかたどった杖は、人々が畏怖のまなざしを向ける「異…

  • ゆく河の流れは絶えずして

    (ザクロの葉がもうほとんどないわね……) フレイムチャーチの道具屋で薬の材料を仕入れたキャスティは、はたと気づいた。 厄介なことにザクロは希少なため、ブドウやプラムと違って果実も葉も店では売っていない。こうなれば、自生しているものをどこかで…

  • 天命の人 3

     目が覚めた時、テメノスは静かな部屋の中にいた。 ウィンターランド奥地の町、ストームヘイルの宿だ。窓のカーテンを開けて、外の雪がずいぶん弱まったことを確認する。山にかかっていた雲が薄れ、朝日が白い景色を照らしていた。(オーシュットがうまくや…

  • 天命の人 2

     落ち葉舞うクレストランド地方にて、一行は崖っぷちに建つ教会を見つけた。「こんなところに教会? 誰が来るんだろ」 ひさしのように額に手をあて、ソローネは吊橋の対岸にある建物を不審そうに眺める。「もちろん聖火教会だよな……テメノスは知ってんの…

  • 天命の人 1

     西大陸の玄関口カナルブラインに赴任したその日のこと、聖堂騎士クリックは知り合いの異端審問官テメノスと再会し、いくつかの違和感を覚えた。 まず一つ目だ。何故か町中で衛兵に絡まれていたテメノスを――表情や立ち振るまいが胡散くさく見えたのかな、…

  • 大人しくしてください

    「はあ……なんだか暑くなってきたわね」 その吐息混じりの声を聞いた時、テメノスの背中に寒気が走った。 目の前にはすっかり酔いの回った薬師キャスティがいる。とある町の酒場のカウンターで、二人は穏やかに談笑しながらグラスを傾けていた――はずだっ…

  • 涙雨のひとしずく

     ざあざあという水音が鼓膜を叩く。 目を覚ました時、キャスティは地面に横たわっていた。視界の端で、解けた髪がやわらかい布の上に広がっている。 彼女はゆっくりと起き上がり――途端に呼びかけられた。「おっ、目が覚めたー? よく寝てたね」 昼夜問…

  • 海路の日和

     ハーバーランドの潮風を感じてキャスティは目を細めた。 陽光を受けた海面が遠くできらきらしている。記憶喪失になってから、初めて船の上で目を覚ました日を思い出した。あの時の彼女はまぶたを開けると見知らぬ人々に囲まれていた。だが今は違う。 ぎゅ…

  • 濡れ落葉のひとひら

     湿った枯れ葉がひとつ、風にさらわれて地面に落ちた。 神官テメノスは早朝の通り雨でぬかるんだ山道を越え、赤く色づいたフレイムチャーチの町に降り立つ。折しも人々の動きが活発になる時間帯だった。 枯れ葉が吹き溜まった石造りの階段に足をかけると、…

  • まだ見ぬ友への処方箋

     物心ついた時にはその感覚がそばにあった。「それ」は常にヒカリを乗っ取ろうと虎視眈々と狙っているかのようだった。 正体も何も分からず、まともに他人に相談できたことはない。ただ一つ確かなのは、「それ」は血を見ると騒ぎ出す、ということだけだ。 …